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大阪高等裁判所 昭和44年(行コ)26号 判決 1971年11月16日

控訴人(原告) 岡田清

被控訴人(被告) 大津市長訴訟承継人 大津市公営企業部長

訴訟代理人 上野至 外四名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、「原判決を取消す。被控訴人が大津市の滋賀刑務所に対する水道料金につき、同刑務所新施設使用開始より三年間その六割減額分の徴収を怠つている事実が違法であることを確認する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上・法律上の主張及び証拠関係は次に附加するほか原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。(但し第二、原告の請求原因一、の末尾を「四月二五日以降昭和四四年三月末日まで滋賀刑務所に対する水道料金の六割を減額した。」と改め、同四、の二行目「現在直ちに」以下終から二行目「差止めと、」までの部分を削る。なお差止請求は当審において請求を取下げた。)

第一、控訴人の主張、

一、地方財政法一二条は強行法規であつて、同条にいう「その経費を負担させるような措置」がとられるに至つた事情や、国が地方公共団体に対し別個に請求権を有している事実によつてその強行法規性が否定されるものではなく、そのような事情は同条違反の有無の判定に当つては考慮するを得ないものである。

二、ところで、本件水道料金減額措置は昭和三七年三月三〇日付の滋賀刑務所長、大津財務部長、大津市長の三者間で締結された新刑務所敷地と旧刑務所敷地との交換契約(甲第五号証)中に含まれていたのではなく、同年五月一五日の滋賀刑務所長と大津市長との覚書(甲第六号証)により約定されたものであるが、右交換契約締結当時、新刑務所敷地のボーリングによる地下水供給が不可能であることは各当事者間に判明していたのであるから、右地下水供給不能による刑務所側の負担増加(上水道料金の負担、これが大津市の国に対する損失補償の問題とならないことは後述のとおりであるが、仮に損失補償義務があつたとしても、)は、右交換契約の中で金額的に調整されるべき問題であり、水道料金減額措置によつて操作すべき問題ではない。

また右五月一五日付の覚書は、本契約たる三月三〇日付交換契約の実施細目の取決めであり、右覚書によつて本契約の内容を変更することは許されないものであるところ、本件減額措置は実質的には本契約で決められた金額を変更することになるものであるから、この点からしても右減額措置は許されないものである。

三、のみならず、大津市は国に対し右交換契約に関し何らの損失補償義務を負担していないものである。

すなわち、国が刑務所移転問題交渉の過程において一日三〇〇トンの地下水の出ることを条件としていたとしても、新刑務所敷地からは所定量の地下水の出ないことは前記本契約締結時には国にも判明していたのであるから、これを理由に大津市に瑕疵担保責任の発生する余地はなく、そもそも本件刑務所敷地交換契約は、大津市にとつて永年の懸案であつたと同様に、国においても旧刑務所建物の耐用年数、立地条件等からみて旧刑務所を不適当とする事情があつた筈であり、大津市が一方的に国に頼み込んで右交換契約を実現させたとすることは非常識である。

また一日三〇〇トンの地下給水ができるものとの刑務所側条件は、新刑務所敷地が非市街地で上水道施設の期待できないことを根拠としていたというべきであり、仮に上水道施設のある場所が適地として提供された場合でも給水を地下水に限定するということではなかつた筈である。従つて上水道施設が大津市の負担において設置された以上、刑務所側の条件は充足されたものとして扱うべく、国はそれ以上に不当な水道料金減額等の条件を大津市に押しつけるべきではない。

この意味において大津市は国に対し何らの損失補償義務をも負担していないものである。

四、万一何らかの意味において大津市が右義務を負担していたとしても、右損失補償は大津市の一般会計からの支出によつて補償すべく、特別会計である水道事業会計から事実上これを支払うことは許されない。この意味においても本件減額措置は違法である。

第二、被控訴人の主張、

一、地方財政法一二条は、国と地方公共団体との地位の優劣がとかく国の予算不足を地方公共団体に転嫁し、ために国と地方公共団体の合理的な財政秩序の確立に支障を来すような形における地方公共団体の財政支出を防止しようとする趣旨の規定であり、同法二四条はこれに対しそのような形における地方公共団体の財政収入を確保しようとする趣旨の規定である。

両条はこのように地方公共団体の財政の確立という共通の目的に奉仕するものではあるが、その捉える側面を異にしているのである。本件は水道使用料の減免についての問題であるから正に同法二四条の問題であつて、あえて一二条の問題とする必要はない。

二、そして同法二四条は国が地方公共団体の施設を使用するについては、特に利益、不利益な取扱いをすることなく一般住民と同様に取扱うという当然のことを規定したにすぎず、その施設等の使用に関して条例が制定されておればその条例の定めるところによることは当然である。同条但書が適用されるのは、国につき既に制定された条例の定めるところより特別に有利な取扱いをしようとする場合であると解すべきである。

三、ところで、本件水道使用料金減額措置は、大津市水道事業給水条例(昭和三三年条例一六号以下本件条例という。)四二条二項の規定を適用してなされたものであるが、この規定の適用上は一般住民たると国たるとにより何らの差別がある筈がなく、本件は仮にこれが一般住民の場合であつても本件と同様の事由があれば同じ減額措置がとられたであらうと認められる性質のものにすぎず、本件減額措置は適法妥当なものである。

四、本件減額措置に至る経過についての控訴人の当審における主張は争う。

刑務所においては日日飲用水のほか大量の雑用水を必要とするところから、少くとも雑用水については自給の地下水にたよる方針の下に、本件におけるような地下水一日三〇〇トンの条件に重要性をおいたものである。

第三、新たな証拠<省略>

理由

控訴人が大津市住民であること、昭和三七年中に大津市長が滋賀刑務所長に対し、同刑務所が新施設に移転した日以後同刑務所で使用する水道料金につき使用開始の日から三年間その六割を減額することを約し、同刑務所が新施設で上水道の使用を始めた昭和四一年四月二五日以降昭和四四年三月末日までその水道料金の六割減額を実施してきたこと、控訴人が昭和四一年九月八日大津市監査委員に対し右水道料金減額措置につき監査請求をなし、同監査委員より同年一一月二日付書面を以て控訴人の請求は理由がない旨の通知を受けたこと、従来大津市水道事業は大津市長が管理していたが、昭和四三年三月三〇日改正「大津市水道事業およびガス事業の設置等に関する条例」第三条、第四条により大津市公営企業部長が右水道事業管理者として従前の大津市長の地位を承継したこと、

以上の各事実は当事者間に争いがない。

そこで右水道料金減額措置に控訴人主張の如き違法が存在するか否かについて判断する。

一、控訴人は、先ず右減額措置は地方財政法一二条に違反しているものであるところ、同条違反の有無の判断に当つては厳格に国の事務につき地方公共団体が経費を負担したか否かについてのみ判断すべく、その経費を負担するに至つた経緯、右につき議会の同意があつたか否か等の諸事情を斟酌するを得ないと主張するのでこの点につき考えるに、右減額措置は刑務所で使用する水道料金の六割を減額するというものであり、水道を使用することは行刑に不可欠のものではないが、その実施に密接な関連を有するものであるから、右減額された六割については外形上地方公共団体たる大津市が「行刑に要する費用」を負担したかの如き外観を呈するけれども、地方財政法一二条は国がその優越的な地位を利用して本来国の負担すべき経費(行刑に要する費用もこれに含まれる。)を地方公共団体に転嫁することを防止し、以て地方財政の自主性及び健全性の保持を図るための規定であるから、本件減額措置が同条に違反するか否かを判断するには、単に外形上そのような経費を負担したかの如き外観を呈することのみで速断すべきではなく、右措置がとられるに至つた経緯、各当事者の意図等の諸事情を実質的に考察したうえで決すべきである(従つて右のような諸事情は斟酌すべきでないとの控訴人の主張は採用し難い。)。

二、そこで本件減額措置がとられるに至つた経緯等についてみるに、成立に争いのない甲第三ないし第九号証、乙第一一号証の一ないし三、原審証人高山年男の証言によつて真正に成立したと認められる乙第一ないし第一〇号証(内第三号証は一ないし五、第四号証は一ないし六、第六号証は一、二、第七、八、一〇号証は各一ないし四)、および原審証人高山年男、同山田豊三郎、同景山誠三の各証言によれば、次の事実を認めることができる。

旧滋賀刑務所はもと大津市本丸町(旧滋賀郡膳所町)に所在していたが、大津市の発展及び同市の都市計画遂行上、これを他に移転させることが大津市及び同市民多数の永年の念願であつたところ、昭和三三年頃よりようやく大津市と刑務所関係当局との間に具体的交渉が開始されるようになり、その結果昭和三五年八月二七日滋賀刑務所長より大津市長に対し、刑務所移転先候補地につき刑務所側の要望する基本条項として一〇項目が示されるに至つたが、右項目中刑務所側が最重要項目として提示したのは、刑務所用雑用水として一日三〇〇トンを下らない量の地下水が鑿井によつて得られるということであつた。そこで大津市としては右の基本条項を満した適格地を物色した結果、大津市石山寺辺町の土地が附近の滋賀大学の地下用水の汲上げ状況よりみて前記地下用水量確保の点からも適格地であるとして、これを選定買収のうえ、三ケ所にボーリングを施し地下水脈の探知に努めたが、昭和三七年一月頃当初の予測に反し一日三〇〇トンの地下水の確保は困難であることが判明した。ところで右量の地下水が確保できなければ前記石山寺辺町の土地は刑務所敷地としての適格性を欠くこととなるが、他に適当な代替地の見込もなく、又すでに右土地の買収を終えていた大津市としては、当時石山南部地区に対する給水用として上水道拡張計画が進められていたのを幸い、その一環として前記刑務所敷地まで右上水道を延長敷設し、同刑務所及び附近の住宅に給水することとした。しかしこの場合刑務所側においては水道料金支払いによる経費負担の加重があることとなるので、それに対する対策として大津市において水道料金減額措置をなすことに決定し、種々交渉の結果昭和三七年三月三〇日付で大津市長から滋賀刑務所長に対し三年間水道料金を六割減額する旨を回答した。これに対し刑務所側はより一層の減額を求めたが、双方とも早急に事を運ぶ必要に迫られていたので右減額幅の拡大については更に後日協議を重ねることとし、同月三〇日滋賀刑務所長、大津財務部長、大津市長の三者間において右水道料金減額(少くとも三年間六割の)措置を含む旧刑務所敷地と新刑務所敷地との交換契約(本件契約)が成立した。そして右保留事項についてはその後引続き折衝の末減額幅を拡大しないことに決着し、同年五月一五日附で大津市長と滋賀刑務所長との間で右水道料金を使用開始の日から三年間その六割を減額すること、およびその他の契約実施細目を定めた覚書が交換された。なお本件契約についてはその成立に先立つて同年三月一〇日その要綱が大津市長より市議会にその同意を求めるための議案として、提出され承認可決されたが、右要綱案には「大津市はその負担において滋賀刑務所の同意をえて必要な土地を獲得整備し旧刑務所に換わる施設を建設し、刑務所側は右施設完成後必要な検査をなした後その土地及び施設を市より譲受ける。その他細部については刑務所側と大津市長が協議して定める」等の条項があり、また昭和四〇年三月四日の大津市定例議会において大津市議会文化観光都市建設特別委員長から本件水道料金減額措置につき報告されており、なお右減額措置は当時施行されていた本件条例四二条二項に基いてなされたものである。

以上の各事実が認められるのであつて、右認定を左右するに足る証拠はない。

三、右認定の経緯からみると、本件水道料減額措置は大津市がその多年の宿願を実現するため国となした本件契約により、国が市に対し負担した刑務所移転義務に対する等価的な反対給付の一部履行としてなされたものであつて、何も大津市が行刑費用の一部を負担する為になしたものではなく、その実質において地方財政法一二条の立法趣旨である地方財政の自主性及び健全性を害するものではないからこれを以て同条に違反するとなすことはできず、当審における控訴本人尋問の結果中以上の認定に反する部分は当裁判所これを採用しない。

四、次に控訴人は本件水道使用料減額措置は地方財政法二四条に違反すると主張するのに対し、被控訴人は、(イ)先ず国(滋賀刑務所)は大津市に対し本件条例に定める水道使用料を六割減額されたとはいえ支払つていたのであるから同条本文に違反しないものであり、(ロ)、仮にそうでないとしても同条但書に規定する「議会の同意」があつた場合に当るから、いずれにしても右減額措置は同条に違反するものではないと主張する。

そこで右主張(イ)につき考えるのに、本件減額措置は既に認定したとおり本件条例四二条二項による大津市長の裁量によつてとられた措置であるところ、国が地方公共団体の施設を使用する場合その使用料の決定につき法令、条例等何らかの根拠に基づかない場合は考えられないところであり、地方財政法二四条が本文のほかに特に但書を設け使用料を減免しうる場合を規定していることに照らすと、同条本文にいう「当該地方公共団体の定めるところにより」というのは、使用料の金額、徴収時期、方法等につき当該地方公共団体の規定に従うとの意味にすぎず、右文言の中には減免の措置は含まれていないと解するを相当とするから、前記被控訴人の主張(イ)は採用できない。

よつて次に右措置に同条但書の適用があるか否かについて考えるに、当裁判所は右但書にいう「議会の同意」は必ずしも個個の事案毎に議決して行なういわゆる事件議決によることを要せず、予め財産及び営造物に関する条例等において包括的な規定を設けておき、当該要件に該当するか否かの具体的判断(裁量)を当局者に委任しておくという方法であつても差支ないものと解する。尤も地方財政法の趣旨及び右二四条の規定の体裁からすると条例等による場合能うる限り具体的に規定することが望ましく、また右判断(裁量)により国に負担させないこととなる使用料の額が著るしく多額である場合及び使用期間が長期間であるものについては、裁量権濫用の問題を生じ、遡つて前示包括的な議会の同意がなかつたものと評価されることはありうると解せられるが、本件条例(甲第三号証)の如く単に「市長が公益上その他特別の理由があるときは」とのみ規定せられてあつても、その故を以て同条例の規定は国が使用者である場合には適用せられないと解するのは困難である。そして本件においては前記本件契約締結に至るまでの経緯に照らし三年間六割減額という措置は不当であるとはいい難いから、大津市長が本件条例四二条二項所定の「特別の理由」があると認めて本件減額措置をとつたことは著るしく妥当を欠く措置とはなしえず、結局本件減額措置は地方財政法二四条但書による「議会の同意」があつた場合に当るものとして同条に違反するものではないと解すべきである。よつてこの点の控訴人の主張も排斥を免かれない。

なお控訴人は本件減額措置は特別会計たる水道事業会計の独立性を害するものであつて、この点からしても被控訴人は右減額にかかる水道料を徴収する義務があると主張するが、同措置は当時水道事業会計をも管理していた大津市長が前記のごとき経緯から同市水道事業給水条例の規定にもとづき締結するに至つた本件契約上の義務履行としてなしたものであつて同措置が右特別会計の独立性を害する違法なものとはなしがたく、いずれにせよ右の点をもつて本件契約の有効性を否定することはできないから、右控訴人の主張もまた採用しえない。

以上の次第で、被控訴人が本件水道料金減額措置により滋賀刑務所が昭和四一年四月から同四四年三月までに使用した水道料金の六割分の徴収をしていない事実が違法であるとは認められず、地方自治法二四二条の二、一項三号による本件請求は理由がないので棄却すべく、これと同旨の原判決は結局正当であつて本件控訴は理由がない。よつて民事訴訟法三八四条によりこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき同法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 加藤孝之 今富滋 藤野岩雄)

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